BLOG The Trail of TRUNK TRUNKの日々を書き留めていきます。

2020.01.06Happy New Year & New Decade!

2020年代が、はじまりました。

東京オリンピックの開催が決まったIOC総会のライブ中継を、家族とテレビで観ていたことを思い出しました。あれは2013年だったのですね。翻訳者としては駆け出しで、継続的に仕事ができるのか、まだ心もとない頃でした。2020年なんて、なんだか少し遠い未来の話。
2020年、翻訳者としてなんとか軌道に乗り、9年目を迎えようとしています。
あらためてこれまで出会った多くの先輩方、つながりを作ってくださった方々、鍛えてくださるお客様方、翻訳のブラッシュアップに欠かせない工程を担当してくれるネイティブチェッカー達、仕事への思いや悩みを共有できる他言語の翻訳者…に感謝を捧げたいです。また、納品前の切羽詰まった時期にも理解ある夫をはじめ家族に助けられたからこその8年間でした。10年めを迎えるまでは、日々地道に積み上げていくつもりですが、その先のビジョンも、少しずつ描いていけるようにしたいです。

2019年は、翻訳の枠を少し超えた案件にも関わらせていただきました。最初から英語で文章を書いて提案してみたり、キャッチコピーのご提案、翻訳検定の問題選定から試訳作成や採点業務など新しい経験をたくさんさせていただきました。案件の幅が広がると、学びと成長の機会をいただいていることが本当にありがたいとともに、力不足を感じ勉強欲がふつふつと湧いてきます。自分は原文を深く読めているはずという自負があったけれどあれ?そんなことないぞ。まだまだ読めていないぞ。日本語の読みはもっと深められるはず…という気づきも折にふれて得られた2019年でした。これは自身が成長しているからこそ気づけたことと前向きに捉えたいです。
自分への負荷実験みたいな感じで、多少無理してボリュームのある案件を受けてみることもしてみました。その成果か、大量案件への心理的抵抗がずいぶんと減り、瞬発力が鍛えられて翻訳スピードが上がった実感がありました。ただ年齢なのか(涙)無理をするとその反動が体に現れてしまい…クオリティ、スピード、体調管理、スケジューリングに常に頭を悩ます日々でもありました。
いろいろな分野の翻訳に関わるほど、知的好奇心が刺激され、あれも読みたいこれも読みたい…仕事の合間にポチポチした本達がamazonから届くも、積み上げられたままでなかなか読み切れないのも悩みの種です。

英語の言語としての楽しさを教えてくださった方の中に、高校の英語の先生がいます。今でも思い出されるのは職員室の先生の机。積みあがった書類、本、教科書、参考書…平らな机の顔がほとんど埋もれて見えない…。今自分の机がそんな状況になりつつあり、困ったような、少し嬉しいような。(いや、困るし整理整頓しなければ)。

2020年も、2019年から引き続きすすめていく案件もあり、新規案件の予定もいくつかあり。ご縁を大切に、声をかけていただいた案件には、果敢にチャレンジしていくつもりです。まずは気持ちを新たに、依頼してくださる方のお話にしっかり耳を傾けることから、始めたいです。

2018.09.26ケンブリッジ英検(CAE)に合格しました

Cambridge English Language Assessment Certificate in Advanced English (CAE)、
通称ケンブリッジ英検に合格しました!
40歳までに合格するのが目標だったので、一応達成です。

一応というのは、合格とされるGrade A~Cの中の、
結構ギリギリのGrade Cだったから 汗

英訳を生業のしているのにライティングが足をひっぱっているという恥ずかしい結果ですが、
敗因はだいたい見当がついています。
ライティングの時間配分をミスしてしまい、
2問目の最終パラグラフを書ききれずに終わってしまったから。
1問目、かなりしっかり書いたつもりでしたが、文字量オーバーしすぎたかな?
やはりバランスが悪いのは減点対象なのですね…。

とはいえ、C1 Advancedレベルが取れたのは、ひとまず素直に喜ぼうと思います。

ケンブリッジ英検は、日本ではあまり知名度がないのですが、
ケンブリッジ大学が実施している英語の資格試験です。
世界的に、生涯にわたって通用すると言われています。
リーディング、リスニング、ライティング、スピーキング、
いわゆる4技能すべてを図る試験であり、問題の質が良く面白い…!ので、
このテストに向けて勉強する過程で、
ちゃんと力がついていることを実感できます。

英語を学ぶにつれて、
人の言語習得のプロセスにすごく興味が出てきました。
特に、大人になってからの第二言語習得。
言語学を、一度ちゃんと学んでみたい。
というのは、英語を学ぶ過程で、自分の中の言葉をとらえる感覚に変化があり、
少しずつではあっても、言語習得の階段を登っている実感があるのです。

学生の頃は、英語は「帰国子女のもの」という思い込みがありました。
幼い頃や学生時代に数年間海外に滞在したり、
もしくは海外の大学に通うなどして、
海外の文化に精通している人たちのもの、と思っていたのです。

ネットの無い時代は、実際にそうだったのでしょう。
ですが、現在では、海外へのハードルも下がり、
インターネットのおかげで、調べようと思えば調べられることが
格段に増えました。

27歳でカナダにワーキングホリデーに行くまでは、
英語とは縁遠い暮らしを送っていた私ですが、

カナダから戻ってきて、英語を仕事にする方向で動き始めて今年で10年目、
フリーランスになってからは6年目にはいりました。

足を踏み入れた英語沼、底も終わりも見えませんが、
今はすこしずつでも自分が成長できることが嬉しいです。

ケンブリッジ英検には、ネイティブと同レベルと言われる、
Certificate of Proficiency in English (CPE)という最上級レベルがあり、
これからはCPEに40代のうちに合格することを目標に、
また頑張ろうと思います。

2018.09.25Soul-stirring jam_記憶を呼び覚ますジャム

ご縁があって、ジャム作家mitsukoji(みつこじ)さんの
スローガンを提案させていただきました。

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みつこじさんは、果物農家さんまで足を運び、旬の果物を手作りでジャムにされています。
さらに、パッケージのデザインも手掛けられています。
mitsukojiジャムと、その世界観、すべてを作られています。

2016年には、イギリスのデールメイン国際マーマレードアワード職人部門で、
「金柑&キャラメルジャム」が金賞を受賞。
日本だけでなく、海外でもたくさんのファンがmitsukojiさんのジャムを心待ちにしていて、
季節のジャムが店頭に並べばあっという間に完売してしまうという人気ぶりです。

ジャムの包装紙が見える透明のバッグを作りたい。
そこに入れるスローガンを考えてほしいというオーダーでした。

なるべく端的にシンプルな言葉を探しますが、
シンプル過ぎると、誰にでもあてはまりそうで、
mitsukojiさんならではの言葉になりづらい。

みつこじさんとメールでやりとりを重ねて、
ジャム作りへの思い、自然への思いを聞かせてもらううちに、
最初自分が見ていた世界はずいぶん狭かったなあと気づかされました。
ジャムの試食もさせていただき(梅オレンジジャム美味しかった…)、
そして、そこからイメージが広がりました。

作家さんの話を聞かせてもらうことの大切さをあらためて思います。
意味が通るから、英語として正しいからそれがいい、ということにはならないです。
根底にある思いをじっくり聞けることにこそ、
日本人訳者が英訳する意義があると思っています。

みつこじさんが話してくれた、
「人の深いところに届くジャムが作りたい」という言葉がとても印象的でした。
そのために、それぞれの果物の美味しさを引き出すように作っていると言います。
だから「果物が生き生きした」ジャムになるのだな、と。
自然への敬意を持って、果物の生命力を信頼して、
ジャムを作られているんだなあということがよくわかりました。

スローガンは、このようになりました。

Through the wonder of nature, fruits ripen.
The fresh flavors stirring your memories.
This is mitsukoji jam.

こんな意味あいです。
「自然の驚異の中で、果物はたくましく実ります。
採れたてのフレッシュなジャムの味わいが、心の中の記憶を呼び覚ます。
mitsukojiはそんなジャムです。」

たった3行ではあるのですが、
じっくり作家さんとお話できて、
納得できる文章にたどり着けたことが嬉しいです。

写真は、スローガンの入ったバッグと、プラムジャム3種。
左から、貴陽、太陽、アルプス王子という品種らしいです。
植物の品種名っておもしろい。
それぞれの個性が生かされたジャム、食べ比べが楽しみです!


販売店舗についてのお知らせは、ブログとインスタで告知なさっています。
名古屋では、analogue lifeさんが不定期に取り扱われています。

ブログ:みつこじのつれづれ
Instagram: mitsukoji_jam

2017.03.04Full of glamor, full of charm

展覧会に行ってきました。まずはDavid Bowie is展。

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会場は、天王洲。かつての倉庫街がカフェやギャラリーに生まれ変わったという、とても新鮮なエリアでした。この展覧会のために誂えられたであろう会場には、ボウイにまつわる展示がとにかくぎゅうぎゅうに詰まっています。たいへんな情報量で、2時間ではとても足りない。展示の説明文の文字が小さく、わりと低い位置にあって混雑する会場でじっくり読むのは正直難しいので、比較的空いているであろう平日にできればもう一度行きたい。ありえないような言葉の組み合わせを作り出すために、ワードジェネレイターを開発して、詩を作るのに活用していたというエピソードが面白かったです。柔軟な人だったんだな、という気持ちと、あの宇宙的な言葉を生み出すのに、コンピューターの力も借りてたんだな、という人間らしさが微笑ましい。自分が生まれる前に、とんでもなく魅力的で圧倒的な作品がこの世に生み出されていたということに、とにかく驚くしかなかったです。


翌日は、南インド出身のアーティスト、N.S.ハルシャの展覧会「チャーミングな旅]展へ。タイトルづけうまいなあ、まさに、「チャーミング」な内容でした。

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写真撮影OKだったので、たくさん撮影しました(ボケボケですが…)。写真は絵の一部で、全体は大変大きいものです。見ていて本当に面白く引き込まれる作品ばかりでした。アジアならではの死生観、資本主義の流入に対する戸惑いなどが直接的に表現されています。毒のある表現もユーモアがあって、チャーミングに収まるというか。作家の人々への視点がとても優しく愛を感じます。動物と人との近さ、眠ったり食べたりする人々の生活の風景、宇宙や輪廻をいつも感じながら生きること…同じアジアの感覚を共有していることを感じました。また見たい、もっと見たいと思わせてくれます。下の段中央の絵は、それぞれの夢を胸に学校に通う子どもたちが、宇宙の中に描かれています。この絵に添えられた言葉がとても良いです。「口いっぱいのお祈り、カバンいっぱいの夢。それがあれば、私たちは行ったことのない空間に行けるでしょう。With mouthful of prayers and bagful of dreams we will be in those spaces where you have never been.」

2017.02.17作り手の手を見て

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ある作家さんの工房にお邪魔する機会があった。一枚の銅板を焼きなまし、たたき。その工程を繰り返すことで平たい銅板から側面が立ち上がり、器や、フライパンやティーポットなどの調理器具になる。一枚の銅の板から、どうやってあのように角度のついた側面ができるのか、見る前はなかなかイメージができなかったが、底面になる円の形を決めた後、底に近い部分から円を描くように、左手で銅の板を持ちながら、まわしながら、槌で打ちおろし、すこしずつ立ち上げていく。その過程でひとつひとつ刻まれる槌目こそが、作品づくりへの確かな一歩一歩なのだった。毎日のスケジュールは規則正しく、展覧会が近くて忙しいからといって、食事をおろそかにすることはないという。お昼になると、それほど遠くない自宅に帰り、自ら作ったフライパンをふるい、料理を作る。自分の作品を日常使いの道具として使うことで、様々な気づきが得られるし、使い込むことで道具に生まれる味わいが、また良いのだと。その日は、私たちにタイカレーをご馳走してくださった。日本の職人を訪ねて取材の旅を続けているドイツ人カップルと一緒だったが、ここ数か月キャンプカーで寝泊まりし日本全国を旅している彼らの食事事情を慮って、野菜たっぷりの、優しいカレー。それを、毎日使っているという銅と真鍮のお皿に盛りつけてくださった。金属のお皿でお食事するのって、初めての経験。奥行きのある美しさを持つお皿とスプーンを使って、贅沢な気持ちでいただいた。
工芸の学校に通ったことも、高名な作家さんに弟子入りしたこともなく、ただひたすら自分の目と手で学びとり、自分の思い描くものづくりを追求してきたという。キャリアもレベルも全く違うけれど、私はひそかに親近感を覚えさせてもらったのだった。私も翻訳の学校でみっちり学んだわけではなく(短期間は通ったけれど)、海外経験も長くはない。翻訳家のもとでものすごい修行をした、ということもない。自分がいいと思う英語の専門家に私淑したり、英語ネイティブの先生に書いた英語を見てもらって英語の考え方や書き方を身につけるということを、ただただしてきた。学びの過程に終わりはないし、日本語で書かれた個性ある文章に向き合うたび、どう英語で表現しようか、いつも頭をひねっている。これでいい、これが正しいと誰かに力強く言ってもらいたいという気持ちになることもある。でもそうではなくて、自分で考えて、自分で決めて、結果も自分で引き受けること。その風通しの良さを、自分は選んだのだった、ということに、その作家さんの静かなエネルギーを感じて、あらためて気づかされたのでした。