2016.08.29紙で布を織る―紙糸と紙布の世界
カナダのトロントを拠点に活動をされている軽野裕子さんの展覧会「諸紙布(もろじふ)」が、6月末に奈良市にある志賀直哉旧居にて開催されました。ご縁があって翻訳をお手伝いさせていただいたこともあり、行ってきました。
藍経縞(諸紙布Ⅴ)
日本の古い手すき紙から糸を紡ぎ、その糸=紙糸(かみいと)で布=紙布(しふ)を織るという技術。「諸(もろ)紙布」とはつまり、経糸と緯糸ともに紙糸を用いているということです。(経糸のみ絹や綿の糸を使うこともあり、その場合は絹紙布、綿紙布、と呼ばれます。)
紙布の歴史は古く、かつては貧しい庶民が紙を再利用して布を織り、衣服とした生活の知恵に端を発していますが、今では希少な伝統技術となっています。
紙は手すき、しかも漉かれてから100年ほど経っていると紙の繊維がよくからんでいて糸にしやすいと言います。また、一反分の着物を仕立てるために必要な紙糸を紡ぐのに6か月以上もかかるということですから、もう、価格などといった尺度では測れないような価値と悠久の時間が編み込まれているということを感じますし、実際に見ても、おいそれとは触れられないような高貴さを帯びています。
この技術をなんとか後世に残したいという熱い思いから、作品づくりを続けていらっしゃる軽野さんは、とても優しくチャーミングな方でした。
糸の染めもご自分でされていますが、ザクロ染めのザクロは、日々せっせとザクロを食べながら、その外皮をためて染料としているといいます。そんな軽やかさもまとっている、不思議な存在感の作品を、この目で見て、触れることができたことが嬉しかったです。
真摯に作品づくりにむかわれている方にお会いして、その思いをうかがう機会に恵まれるたび、この仕事をしていて良かったなあと思います。「英語に不安のある人々の助けとなってください。」そんな言葉をいただいたことが、心に残っています。
いつかまたお会いできる日がきますように。
その日まで、さらに精進します。